聞く技術004



「清水宏のジャパニーズ・ロッキー」でとんでもない体験をしてきた。なんと目から汗が吹き出て止まらないのである。今はもう止まっているのだが、その日は日付が変わるくらいまでどうにもこうにも汗が止まらなかった。公演中に何度も「演劇」という言葉が使われるが、あれは演劇というジャンルを隠れ蓑にした暴力的な話芸である。通常、演劇や映画や小説とかは、主にストーリーという道具を使って上手に感情移入の状態に導き、最終的に観客にカタルシスが発生するような仕組みになっているものがほとんどだが、清水宏は最初から最後までこちら側の耳穴を全開にさせて、ダイレクトなコミュニケーションを強要し、それはほとんどの場合成功する。僕はそういう尋常ならぬ状態に尋常ならぬ反応として、目に汗をかきまくってしまったのだろう。泣いて目を真っ赤にしている、と勘違いされるのも嫌だったので、うつむき加減に渋谷の道玄坂を下って駅に向かった。たぶん、何かを語って相手に納得させる、というのではないのだろう。話者の気持ちになってしまう、のでもない気がする。何が何だかわからないまま、何処かわからないが何処かへ強引に連れ出される。たぶん、それだけである。其処で何か説教されたり布教されたりするわけではなく、しかし、公演が終わると、その非尋常の記憶と共に、街中に放り出される。それが催眠術なら、ポンと手を叩いて何事もなかったかのように日常に戻れるわけだが、そういう意味であれは催眠術ではない。もっと恐ろしい。実際怖いもの見たさで行ってしまったのだから、僕もそれなりに恐ろしいものが好きなのだろう。恐ろしいのは、侵入されることである。自分という城の一部を食い破ってエイリアンが侵入してきて、城の作りをいじられる。清水宏がロープを手繰っているジェスチャーを見て、思わず何もあるわけない暗闇の上の方を僕の目はうろうろ探してしまう。ああ、なんて簡単に食い破られてしまったのだろう。ちょっと期待していたとはいえ。

いや、清水宏論ではないのだ。

そんな尋常ならざる状態ではない普通の日常で、アタマを真っ白にして人の話を聞くということはできるのだろうか?ってことなんだが、真っ白、って空っぽということではなくて、先入観無しに聞くことが出来るのか?ということなのだが、自らそれをするとすれば、聞きつつ相手に成りきる、ということなのではないか。聞こえるものを辿って相手に成ってみる。

それはもしかして、逆清水宏になる、ということではないのか?喋りまくるのではなくて、聞きまくる。自分に理解という隙を与えない。話に犯されることを恐れない、暴力的に、積極的に、聞く、のである。あるいは自分と話すその相手は、ある意味、超スローモーションの清水宏である、

もしかして、清水氏は、日常では、聞き魔、だったりして、

な~んて、勝手な想像。

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内田樹氏のTWITTERで興味深いのがあったので、転載。
(氏は以前、自分の発言はコピペでも何でも好きに使っていい、と発言してたので、加工はしませんが、ひとかたまりと思われる発言群より)

コミュニケーション能力とは「コミュニケーションが不調に陥ったときに、言葉が通じなくなった相手との間になんとか架橋して、コミュニケーションを蘇生させる術」のことです。円滑にコミュニケーションする力ではなく、コミュニケーション・ブレークダウンから逃れ出る力です。
2013年9月12日 - 16:38

そのためのふるまいは一言で言えば「私は私の立場をいったん離れる。ついてはあなたもあなたの立場をいったん離れてはくれまいか」というものです。「私は私が従っているコードを破る。だからあなたもあなたが従っているコードを破ってはくれまいか」と懇請することです。
2013年9月12日 - 16:41

素朴な攘夷論者であった坂本龍馬は開国論者の幕臣勝海舟を斬り殺すために屋敷を訪れました。海舟は「おまえさんがたのようなのが毎日来るよ。まあ、おあがり」と座敷に通し、世界情勢について長広舌をふるいました。それを聞いて龍馬はたちまち開国論に転じ、その場で海舟に弟子入りしてしまいました。
2013年9月12日 - 16:43

海舟は「テロリストを座敷に通す」というかたちで幕臣のコードを進んで破り、それによって龍馬に「一時的に自分のテロリストとしての立場を離れてひとの話を聴く」という立場に誘いました。これがコミュニケーション能力の典型的なかたちです。
2013年9月12日 - 16:44

幕末の逸話をもう一つ。山岡鐵舟は勝海舟の委嘱を受けて、駿府の総督府に江戸開城交渉のために西郷隆盛を訪ねたことがありました。薩人益満久之助ひとりを連れて鐵舟は六郷川を渡り、そこで篠原國幹率いる官軍の鉄砲隊と遭遇しました。そのとき鐵舟は大音声でこう名乗りました。
2013年9月12日 - 16:47

「朝敵徳川慶喜家来山岡鐵太郎、総督府に罷り通る」。篠原はその迫力に気圧されて道を空けたそうです。これも困難なコミュニケーションの架橋を果した希有の例でしょう。鐵舟は幕臣であれば決して口にするはずのない「朝敵家来」という名乗りをなすことで「幕臣のコード」を一瞬離れました。
2013年9月12日 - 16:49

私は幕臣であれば決して口にすることのない「朝敵家来」という名乗りをなして「私のコード」を破った。あなたも私を通すことで「あなたのコード」を破ってはくれまいか。その鐵舟のメッセージを篠原はただしく受け止めました。真のコミュニケーション能力とはこのことだと思います。
2013年9月12日 - 16:54

内田樹@levinassien


お互いの主張を「超えて」いいのなら、戦争もそういう手段ってことなのか?なんて一瞬思ったけど、そういう原理原則論を氏は言っているわけではないだろう。その度その度の新しい架け橋のこと、お互いの、お互いを、あきらめない、勇気、イコール自分たちが生き延びる術、みたいなこと、じゃないのかなー?



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七尾太佳史
(ななおたかし)

「秋田ばる七尾」店主。毎週水曜日更新です。


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